2014.07.28

ありすという名の子 その5

 ありすが包帯男の許に来てからひと月が経とうとした頃、三人は月明かりに照らされながら、夜の散歩を楽しんでいた。静まった町に、ありすの銀の鈴のような歌声が響く。

「お星さまでいっぱいで、それはそれはいっぱいで・・・」

やがて薄暗い路地に差し掛かると、一人の紳士と思しき人物、それから紳士の後を物騒な連中がぞろぞろと現れ、三人をぐるりと囲んでいた。

「君らにその子を引き取る権利はないと思うのだがね」

彼女は紳士の顔を見るなり、包帯男たちの後ろに隠れて怯えていた。

「嫌です、あなたの所に行きたくない」

「身寄りもない君の世話をしようというのだよ。だのに逃げ出してしまうなんてね」

男がありすに近づき強引に腕を捕まえようとしたが、包帯男が男を遮る。

「何の真似かね」

「だめだ」

包帯男は男の腕をねじ上げ、ごろつきの群れに突き出した。

「乱暴な人は嫌いだな」

男が声を荒げて合図をすると、ごろつきたちは三人との距離をじりじり縮め、襲い掛かろうとしていた。

「ありすを頼む」

ありすが胡乱男の方に駆け寄ると、包帯男は闇夜のように黒いマントを大きく開いた。すると、夥しい数の黒い物体が飛び出し、辺りに舞い上がる。

「超えられるものなら超えてみろ、三千大世界の烏が埋め尽くすこの夜を」

黒い物体は、やがて男とその手下のごろつき目がけて雨のように降り注ぎ、打ちのめす。男とその取り巻きたちは抵抗するすべもなく、次々に倒れていった。呻きながら這って逃げようとする男に向かって、胡乱男は手に持ったステッキの銀髑髏の飾りを近づけて静かに言う。

「新ジュスティーヌ物語の悪党どもが己の欲望に忠実であった事は大いに賞賛できるかも知れない。しかし、その趣味の悪さや様々な逸脱が深刻な問題ではあったのです」

男は恐怖のあまり崩れ落ち、そのまま気を失っていた。

「つまるところ、ただ趣味というものが、唯一の問題だったのですよ」(7/5)

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Posted at 14:46 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その4

ありすの伯母は訝しげな面持で、包帯男と、年齢不詳の胡乱(うろん)な男を交互に見ていた。

「この子にお兄様がいるとは初耳ですが・・・。見たところ随分とお歳も離れているようで」

「腹違いなのです。妹とは事故で生き別れになっておりました。なかなか信じてもらえない事は承知しておりまして、こちらをご覧くださいな」

胡乱な男は書類を彼女の前に差し出した。

「これはありすさんの戸籍と出生証明書です。ああ、こちらは・・・心ばかりのお礼だそうですよ」

伯母は戸籍や出生証明書などを渋い面持で目を通していたが、「お礼」の段になると、顔面蒼白となっていた。

「そんな、何でこんなものがここに・・・」

「友人は職業柄、むずかしい書類をよく扱っています。そちらはたまたま見つけたもので、遠慮せず受け取るといいでしょう。恐らくは貴方の人生に影を落とすかも知れませんが、貴方の手元にあり、心理に留めておく分には安泰でしょう」

伯母は動揺し、最早ありすどころではなかった。

「それでは、妹は連れて行きます。勿論文句などはありますまいね? それと、こちらは養育費です。どうかお受け取りなさい」

「もちろん、こんなご立派なお兄さんがいらっしゃるのでしたら、断る理由など御座いません。ええ、結構ですとも」

一向は伯母の家を後にしようとしたが、包帯男は人差し指を口元につけ、何かを思い出した素振りで言った。

「そういえば、彼女の持ち物も引き取らせて頂かなければ、そう、母の形見であるぬいぐるみやヴァイオリンとかをね」(7/4)

Posted at 07:29 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その3

 小一時間ほどすると、包帯男たちはアパートメントに戻っていた。支度を解くと、夕食の準備を始めた。肉が焼け、スープが煮える音、香草の匂いといったものが部屋を満たしていた。料理が食卓に並ぶと食事が始まる。男たちが静かに淡々と食べているのとは対照的に、ありすは一心不乱に貪っていた。

 食事が終わると、男たちは珈琲が、ありすはマシュマロウが浮かんだココアが淹れられた。

包帯を巻いていない男が静かにありすに話しかける。

「名前は?」

「僕の名前はありす、です・・・」

「ありす、良い名前ですね。貴方は行き倒れかけていたところを私の友人が連れてきました。何か事情があっての事だと思います。できれば教えては頂けませんか」

ありすは自分のこれまでの事を、時折涙を流し、また言葉を詰まらせながら一生懸命に話した。包帯の男はありすにそっと近づき、ハンカチで優しく涙を拭い、耳元に囁いた。

「ありすは伯母さんの家に戻りたいのか?」

「伯母さんの家に戻りたくない。けど僕には身寄りがないんだ・・・」

男たちは暫く考え込むと、再び包帯男が話し掛けた。

「もし君さえ良ければ、力になりたいと思う」

そう言うと、もう一人が微笑を浮かべる。

「ええ、喜んで」(7/3)

Posted at 04:56 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その2

 寒さが厳しく、雪が静かに降る、ある冬の日のこと。伯母の元に、ありすを引き取りたいという男が現れた。それはとある商会の会長で、身寄りのない子供を引き取って世話をしていることで有名な人物であったが、その実は引き取った子供を外国へ売り捌く商人であった。

「ありすは幸せ者ね、会長さんに可愛がってもらいなさいな」

しかし、男の真意に気付いたのか、ありすは伯母の家から飛び出し、寒い冬の夜の闇の中を必死に逃げた。やがて、寒さと飢えのために倒れ、雪の中に埋もれていった。そこに人影が現れ、彼女を見下ろしていた。ありすは朦朧とした意識の中、最後の力を振り絞って頭を挙げてほほ笑むと、そのまま突っ伏してしまった。

「行き倒れか」

そういうと影はありすを抱き上げて背負った。背中に微かな膨らみを感じる。

「女の子?」

影はとあるアパートメントの一室にありすを連れ込み、照明が影の姿を照らし出した。それはミイラのような包帯男で、服の裾や襟から見える肌も包帯に覆われている。彼に黒猫が駆け寄って、足元に顔をこすりつけ甘えている。安楽椅子に腰かけて本を読んでいた年齢不詳の男が彼に向って尋ねる。

「どうしたのですか?」

包帯男はありすをベットに寝かせながら答える。

「倒れていたのを拾った」

「この雪の降りしきる中を、ですか」

包帯男たちはアパートメントに住んでいる管理人の婦人に、ありすの着換えの用意と、汚れた体を綺麗にするように頼み、部屋から出て行った。

「あの子はレディらしい、暫く外で時間を潰すとしよう」(7/2)

Posted at 02:42 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その1

 ありすという名の少女がいた。髪は長く銀色で、天使のような笑顔が愛らしい、心優しい少女であった。父親は裕福な商人らしく、母親は音楽と学問を愛する美しい女だったという。親子は幸せな日々を送っていたが、父親は何の前触れもなく失踪し、母親は流行り病で死んだ。

 独りになったありすは、母親の形見である熊のぬいぐるみとヴァイオリンを携え、伯母の家に預けられた。初めのうちこそ大層可愛がられていたが、やがて伯母の娘たちはありすに嫉妬し、意地悪をするようになった。

 長女は「長い髪なんて邪魔でしょ?私が切ってあげる」といい、ありすの髪を切った。

 次女は「新しい服なんて着心地が悪いから、こっちを着なさいな」と、どこからか用意した古いズボンとシャツを渡して女の子らしい服装を許さなかった。

 義理の姉妹たちは、何か理由をあげつらってはありすを叩いたり、読んでいた本を隠したりといじめたが、ありすは抗う事も出来ずに悲しい気持ちや悔しい気持ちを堪えながら過ごしていた。

 月日が流れると義理の姉妹たちは、嫉妬心に浸食されて醜悪な心に変化していくのに反し、姿形だけは美しく成長していった。一方のありすは、何故か12、3歳くらいで成長が止まったようになり、やがて唯一の庇護者であった伯母は気味悪がり、娘たちと一緒に虐めるようになった。

 ある日のこと、ありすが悲痛な声をあげる。

「止めて!お願いだから返して!それはお母様から貰った大切なものなの!」

「いい歳していつまでも人形遊びなんて、みっともないったらありゃしないよ!まったく!」

伯母はありすから親の形見であるぬいぐるみを取り上げると、わざとこれ見よがしに目の前で壊して捨ててしまった。ありすは変わり果てたぬいぐるみを拾い抱きしめながら泣きじゃくっていた。また、もう一つの大切な形見であるヴァイオリンも彼女が知らぬ間に、どこかの質屋か楽器商に売り払われていた。彼女は他に行く当ても無かったので、あらゆる仕打ちにただただ耐え、養子というよりは、奉公人か、奴隷のようになっていた。(7/1)

Posted at 01:53 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

カラスが恋をしない訳

 昔々、カラスは一人の女性に恋をした。けれども、夜空のような肉体と、不器用な性格のために、彼女は別の男性と恋に落ちた。カラスは彼女から別れを告げられたとき、心が引き裂かれるような感覚に襲われ、我が身を呪った。それから毎晩、カラスは夢に彼女と新しい恋人が戯れ、抱き合い、愛し合っているところ見るようになり、苦しむようになった。一方の彼女は彼と結婚し、愛の女神の祝福を一身に受けていた。

 ある日の事、彼女の恋人が何者かに強力な呪いをかけられた。彼は日々衰弱し、妻は悲嘆に暮れていた。妻は昔の恋人が薬草学や呪術に詳しい事を思い出し、カラスに縋った。夫を救って欲しい、夫が助かるならば、お金ならいくらでも払うし、望むものは何でも用意する、この私の体でも・・・。しかし、カラスは彼女の願いを断る事もせず、彼女自身を含めて一切の見返りを望まなかった。カラスは今でも、彼女を深く愛していたから、彼女の不幸で自身の不幸を癒す事は出来なかった。

 程なくして、彼女の夫の呪いは非常に特殊で強力なもので、誰かの心を犠牲にしないと解く事ができないものであった。そこで、カラスは自分の「恋する心」を生贄にした。

「恋する事で苦しむくらいなら、恋心など要らぬ! この心、喜んで差し出そう!」

呪いを解く事に成功し、カラスの処方した薬の効果もあって、男は見る間に回復していった。その後、彼女とその夫は子供をもうけ、幸せな家庭を築き、やがて老い、家族に見守れるなか、その生涯を閉じた。カラスは彼女たちを見守り、その人生を見届けると、かつての恋人との思い出の残るかの地を去ったという。

「これで、良かったのだ・・・、全くこれで良かったのだ」



Posted at 01:16 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.27

 物語を書く事は、謎を作る事。その謎を原理にして世界を創造する事。

 謎は物理の頸木に繋がれず、善悪の彼岸に在る、奇跡ではないだろうか。
Posted at 00:05 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.20

楽器の委託

 昨日、御茶ノ水のギターショップ、アンダンテ様に楽器を委託しました。当初はラウテだけの予定でしたが、11コースに専念するためマンドリーノも一緒にお願いしました(マンドリーノの委託は取りやめました)。興味のある方はショップまでお問い合わせ下さい。
Posted at 09:12 | お知らせ | COM(0) | TB(0) |
2014.07.19

カラス

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何とでも呼べ。名など有って無いようなものだ。
Posted at 07:19 | ひとかけら | COM(2) | TB(0) |
2014.07.19

ジュスティーヌ

Justine.jpeg


鵺は言う。

「新ジュスティーヌ物語の悪党どもが己の欲望に忠実であった事は大いに賞賛できるかも知れない。しかし、その趣味の悪さや様々な逸脱が深刻な問題ではあったのです」

「つまるところ、ただ趣味というものが、唯一の問題だったのですよ」

Posted at 06:46 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |