2014.10.18

ありすという名の子 その6

一人の女が、日傘をくるりくるりと回しながら、アパートメントの一室を眺めていた。

「ヌエの奴らがいるというのはここか。随分と洒落たところじゃの」

女はゆっくりとアパートメントの方へ進んでいった。長く黒い髪が、日傘からこぼれた陽の光を受けて黒曜石のように光る。

「・・・陽の光は嫌いじゃ」

一方、彼女が目指す部屋では楽の音が辺りを柔らかく満たしていた。包帯を巻いた男は涙の形をした楽器を弾いている。彼の傍らでは、一人の紳士が6弦のチェロのような楽器を弾き、少年のような少女が、顎当ての無いヴァイオリンを弾いていた。

「ヴィオルの音にヴィオロンの音、もう一つは、初めて聴くのう」

部屋を前にした女は、目を瞑り、しばらく流れてくる音楽に耳を任せていた。やがて扉の把手を回すと鍵は掛かっていないようであった。静かに部屋へ入ると、壁に寄り掛かり、どこからか取り出した銀のキーが一つ付いた木製のフルートを吹き始めた。フルートに気付いた部屋の住人達は、初めから彼女がアンサンブルにいたかのように、演奏を続けていた。途中、ありすはにっこりとフルートの主に可愛らしく微笑みかけると、彼女はウインクで応えた。一通り演奏が終わると、ヴィオルを弾いていた紳士が女に話しかけた。

「ようこそ、潭月(たんげつ)」

少年めく少女は、包帯の男に問いかける。

「ねぇカラス、このキレイな人は誰なの?」

カラスは楽器を膝の上に寝かせ、友人の方を見遣る。

「彼女の名前は影見(かげみ)の潭月、つい最近知り合った友人です。私たちと同じく少々風変わりですが、とても瀟洒な人ですよ」

それを聞くとカラスは、思わず吹き出しそうになっていた。

「ヌエが女性を褒めるとは珍しいな」

当の潭月は、ありすとカラスを何やら繁々と見ながら呟いている。

「そこの可愛いらしい童はありすか、包帯を巻いたお前さんはカラスであろう。合っておるか?」

「私もそう思います」とヌエは同意する。

そんな会話を聞くか聞かぬか、後ろで黒猫が尻尾をゆらりと一振りした。(7/6)

スポンサーサイト
Posted at 21:36 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.09.27

私は本を読む事と同じくらいに、本を所有する事を好みます。

本を読むことは世界を知る事であり、本を所有する事は世界を所有する、そう思っているのかも知れません。

世界を知り尽くし、我が物にしたい!

しかし、そのような衝動や欲求とは裏腹に、

決して知り尽くす事も、また全てを手にする事も叶わないという、

絶望を覚えるような事実を知ってはいるのです。

けれども、その矛盾する二つの感情は分離する事も無く、対立する事もない。

喩えるなら、瞳に映るもの全てに興味を抱く少女(少年でもいいでしょう)と、

所詮はどう足掻いたところで真理など分かりはしないと達観した紳士(こちらは淑女でも構いません)が、

仲良く手を繋いでいるような状態なのです。

彼と彼女は、本当に仲良く手を繋いでいる・・・。

奇妙な事です。絶望しながら希望を抱くのですからね。
Posted at 09:29 | ひとかけら | COM(2) | TB(0) |
2014.09.06

夜空と珈琲

あの夜空と この珈琲と どちらが黒くて深いのでせうか

そう尋ねると 彼はこういうのでした

どちらも黒くて深い それでいいではありませんか

僕は何だかとても嬉しくなりました

同じくらい好きなものだから どちらも一等のほうがよいのです


Posted at 19:24 | ひとかけら | COM(2) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その5

 ありすが包帯男の許に来てからひと月が経とうとした頃、三人は月明かりに照らされながら、夜の散歩を楽しんでいた。静まった町に、ありすの銀の鈴のような歌声が響く。

「お星さまでいっぱいで、それはそれはいっぱいで・・・」

やがて薄暗い路地に差し掛かると、一人の紳士と思しき人物、それから紳士の後を物騒な連中がぞろぞろと現れ、三人をぐるりと囲んでいた。

「君らにその子を引き取る権利はないと思うのだがね」

彼女は紳士の顔を見るなり、包帯男たちの後ろに隠れて怯えていた。

「嫌です、あなたの所に行きたくない」

「身寄りもない君の世話をしようというのだよ。だのに逃げ出してしまうなんてね」

男がありすに近づき強引に腕を捕まえようとしたが、包帯男が男を遮る。

「何の真似かね」

「だめだ」

包帯男は男の腕をねじ上げ、ごろつきの群れに突き出した。

「乱暴な人は嫌いだな」

男が声を荒げて合図をすると、ごろつきたちは三人との距離をじりじり縮め、襲い掛かろうとしていた。

「ありすを頼む」

ありすが胡乱男の方に駆け寄ると、包帯男は闇夜のように黒いマントを大きく開いた。すると、夥しい数の黒い物体が飛び出し、辺りに舞い上がる。

「超えられるものなら超えてみろ、三千大世界の烏が埋め尽くすこの夜を」

黒い物体は、やがて男とその手下のごろつき目がけて雨のように降り注ぎ、打ちのめす。男とその取り巻きたちは抵抗するすべもなく、次々に倒れていった。呻きながら這って逃げようとする男に向かって、胡乱男は手に持ったステッキの銀髑髏の飾りを近づけて静かに言う。

「新ジュスティーヌ物語の悪党どもが己の欲望に忠実であった事は大いに賞賛できるかも知れない。しかし、その趣味の悪さや様々な逸脱が深刻な問題ではあったのです」

男は恐怖のあまり崩れ落ち、そのまま気を失っていた。

「つまるところ、ただ趣味というものが、唯一の問題だったのですよ」(7/5)

Posted at 14:46 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |
2014.07.28

ありすという名の子 その4

ありすの伯母は訝しげな面持で、包帯男と、年齢不詳の胡乱(うろん)な男を交互に見ていた。

「この子にお兄様がいるとは初耳ですが・・・。見たところ随分とお歳も離れているようで」

「腹違いなのです。妹とは事故で生き別れになっておりました。なかなか信じてもらえない事は承知しておりまして、こちらをご覧くださいな」

胡乱な男は書類を彼女の前に差し出した。

「これはありすさんの戸籍と出生証明書です。ああ、こちらは・・・心ばかりのお礼だそうですよ」

伯母は戸籍や出生証明書などを渋い面持で目を通していたが、「お礼」の段になると、顔面蒼白となっていた。

「そんな、何でこんなものがここに・・・」

「友人は職業柄、むずかしい書類をよく扱っています。そちらはたまたま見つけたもので、遠慮せず受け取るといいでしょう。恐らくは貴方の人生に影を落とすかも知れませんが、貴方の手元にあり、心理に留めておく分には安泰でしょう」

伯母は動揺し、最早ありすどころではなかった。

「それでは、妹は連れて行きます。勿論文句などはありますまいね? それと、こちらは養育費です。どうかお受け取りなさい」

「もちろん、こんなご立派なお兄さんがいらっしゃるのでしたら、断る理由など御座いません。ええ、結構ですとも」

一向は伯母の家を後にしようとしたが、包帯男は人差し指を口元につけ、何かを思い出した素振りで言った。

「そういえば、彼女の持ち物も引き取らせて頂かなければ、そう、母の形見であるぬいぐるみやヴァイオリンとかをね」(7/4)

Posted at 07:29 | ひとかけら | COM(0) | TB(0) |